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 山崎豊子


 「財産をうしなうこと、それはまた働いて蓄えればいい。名誉をうしなうこと、それはまた挽回すれば人は見直してもくれる。勇気をうしなうこと、それならこの世に生まれてこなかった方がよかっただろう」(ゲーテ)

 作家の山崎豊子さんが逝った。ゲーテのことばは彼女が何かに書いていたものだが、作品創造に立ち向かう心情を吐露しているんだなと、僕は読んだことを覚えている。
 

 この人の作品創造は、「テーマを決め、それから綿密な設計図を作って、その設計図に見合った取材や資料集めを積み重ねてゆく」(「作家の使命 私の戦後」)やり方だ。しかもテーマはいつも大きな社会性をもったものだったし、それ故に険しい道のりだった。

 勇気を失ったら成らなかった仕事だった。
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by hara-yasuhisa | 2013-09-30 17:17 | Comments(0)

 紺碧の町

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 秋がゆく季節の移ろいを感じさせるある日、南牟婁郡の一隅に走った。この道は最近になってつくられたもので、カーブを曲がると熊野灘が一望できた。

 台風のあとの澄んだ空気、紺碧海と空、思わず車をとめてシャッターを切った。その向こうになにがあるんだろうと、この紺碧の町を散策してみたくなる、そんな景色。

 
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by hara-yasuhisa | 2013-09-29 12:53 | Comments(0)

 冬瓜

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 平安時代から栽培されているらしい、冬瓜。

 昨日、庭を眺めていると生い茂った夏草の下にこれがあるのを発見した。冬瓜(とうがん)は夏の野菜。植えたわけではない。何かの拍子で種が落ちたとしか考えられない。いまは20cm、30cm大だが、まだ大きくなる。

 そのまま涼しい場所に置けば冬まで保存できる。成分はほとんど水分。味もなく、煮物、あんかけ、酢の物などに使われる。シロップで煮てから砂糖をからめてお菓子にもするらしい。
 
 それにしても、庭の草はすぐに伸びる。
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by hara-yasuhisa | 2013-09-26 07:20 | Comments(2)

 金屋のみなさん

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 金屋後援会のお招きで、第8回中央委員会総会決議の学習会に参加した。「決議」の中心点を解説してほしいとのことで、45分ほど話をさせてもらった。

 大阪から転居されたご夫妻もおり、自己紹介をしながら話が弾んだ。

 秋晴れの日で、生石高原に登りたい欲望にかられながら報告した。終了後、支部長と数軒訪問したが、彼岸とあってことごとくお留守。

 それにしてもこの町、道ばたにきれいにポスターを張った日本共産党掲示板の多いこと。 金屋後援会のみなさんの奮闘ぶりが目に飛び込んでくる。
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by hara-yasuhisa | 2013-09-22 23:00 | Comments(0)

 高校生の意見


 「東京新聞」の投稿欄に載っていた高校生の意見。

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by hara-yasuhisa | 2013-09-20 07:39 | Comments(1)

 神無月のころ


  
  なつかしき君に ひと筆もうしあげ参らせ候

  昨日はゆくりなくも御こえ聞き候ひぬ

  久しきときの流れたるほどにても 御こえの変わらぬは嬉しきこと如何

  ばかりなるや

  星霜をすぎ重ねたるも 往時の面影をしばしとどめてあらんことを願ふ
  
  など愚かなことと思ひ候

  この文したため候は 御こえ耳にしてより幾ときの後に候  

  君これをよみ給へるは幾日のちなるや あるひはまた月をこえ神無月の

  ころであろうか

  わが常のこころの願ひにて わがこころと同じものになり居たる君に逢

  ひまゐらせたるは わがこころの君に近づきたるしるしなるべくやなど

  思ひつづけ参らせ候
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by hara-yasuhisa | 2013-09-16 21:14 | Comments(3)

 オリンピックと核利権


 アーサー・ビナード(アメリカの詩人)がこんなことを言っている。

 東京にオリンピックが来る。日本政府と僕の母国が絶対に東京でやらせたいんです。オリンピックが来ることには大きな意味がある。2013年の、この時期に “東京に決まりました” という発表に大きな意味がある。それは、放射能汚染の安全宣言だ。 このタイミングで「安全宣言」が必要なのだ。核のからくりに目覚めて多くの人が行動し始めている。だから、日本政府と僕の祖国の核利権が「安全宣言」を出して、みんなを思考停止状態にして、戦後ず~っとやってきたアンポンタン国民作りを、もう一回再稼働させて、日本人を被曝させながら、みんなをジリジリ殺しながらも、思考停止状態に戻したい。いちばん日本人がアンポンタンになるのは何か、それが東京オリンピックだ、と。

 なんともきついジョークだが、妙に説得力がある。 発言は過激だが、オリンピックは放射能による汚染や被害、苦しみを「なかったこと」にしないと実現しない。だから安倍首相はIOCでウソをついたわけだ。そしてこれはオリンピックで一儲けしようとしている人々すべてについて言えることだ。こんご、彼らは全力で「放射能汚染などなかったこと」だと宣伝するに違いない。

 メディアは原発事故の報道をまともにしなくなるだろう。報道すれば、五輪に水をさし、得られるはずの広告料も入らないのだから。 「みんな楽しみにしてるのに、なんで水をさすの?」と、なる。メディアがみんなこぞって「オリンピック万歳」なのには理由があるのだ。 放射能の被害をうけた人々が訴えても、無視され切り捨てられるだろう。 そしてメディアの扱いはほんの小さなものになる。

 しかし、放射能汚染はただ今進行形で起きている。いま、安倍首相の言うような「コントロール」などとは程遠い、放射能汚染水がどこから、どう漏れ出しているかすら分からない、制御不能な事態だ。安倍首相はそれにしても、世界が見ている場で国際公約をしたわけで、この発言に責任をもつ立場に立つこととなった。
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by hara-yasuhisa | 2013-09-12 13:53 | Comments(1)

  オリンピック


  だれかが、「ほんまに7年後は放射能は大丈夫なんかよ。オリンピック開けるんかよ。ドタキャンになるんと違うん?」といっていた。 過去に中止になったオリンピックを調べてみた。

 第6回ベルリン大会(1916年)、第12回ヘルシンキ大会(1940年)、第13回ロンドン大会(1944年)、中止になったのはこの3回。 いずれも第一次世界大戦と第二次世界大戦のためで、理由は「戦争」だ。

 昭和15年の第12回大会は東京が開催地となっていたが、日本が返上した。それでヘルシンキで開催されることになった。また、第14回ロンドン大会(1948年)には侵略戦争の責任を問われ、日本とドイツが招待されなかった。

  第11回ベルリン大会は、「ヒトラーのオリンピック」と言われたとか。1933年に政権の座についたヒトラーは、政権スタートとともにオリンピックの誘致に乗り出した。 ドイツ民族の優秀性と自分自身の権力を世界中に見せつけようとした。

  開会式で、10万人の観衆は右手を掲げて「ハイル・ヒトラー」とさけんだし、ヒトラー自身が開会宣言を行った。ベルリン大会ではナチス政権によってユダヤ人の参加が認められなかったし、黒人や有色人種に対する露骨な差別が行われた。
 

  戦前戦後を通じて、オリンピックと政治はきり離し難くつながっている。
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by hara-yasuhisa | 2013-09-09 17:44 | Comments(0)

 「標的の村」

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 -基地にとられた土地。そこに入れば罰せられる。 “オスプレイは困る” と声をあげれば裁判にかけられる。この国の法律と正義はだれのためにあるのだろうか- 

 映画・「標的の村」を観た。

 監督は琉球朝日放送の若い記者。 その三上智恵(写真)さんはいう。
「もともとの自分たちの土地に入ったら米兵に銃で追い回される。日本へ復帰したら、日本国の法律によって罰せられる状態がいまも続いている。少女暴行事件のあとの97年には軍用地特措法が改定されて、どんなに首長が反対しても、あんたの土地が必要だ政府に言われたら取り上げられてしまう。財産権なんていまだかつて沖縄では保障されたことなんかない」

 「オスプレイにとっては、高江のヘリパッドはどうしても必要なもので、海からヤンバルの森(高江地区を含む)へ向かってゆくルートです。オスプレイが高江に来ることは、96年のサコ(SACO)合意(普天間基地に代わる新基地建設を取り決めた)の時から分かっていたことです」と。

 沖縄防衛施設局の工事強行に、ひとりの女性が権力に屈せずたたかった八重山農民の「安里屋ユンタの唄」を涙を流しながら歌い抗議する場面がある。感動に身が震えた。

 映画は「オスプレイ来るな」という高江住民の抵抗を描いているが、観る者の胸に沖縄の現実を突きつける。それは同時に、日本の現実だと気づかされる。観おわって、言葉が見つからない自分に気づく。もう安保条約は要らないと、その想いが突き上げてくる。
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by hara-yasuhisa | 2013-09-06 21:59 | Comments(0)

 「が」 と 「は」

 
 「は」と「が」の使い方

 長い間、不勉強で分からなかったことが、最近になって「大野理論」を知り目からウロコが落ちた気分。

 「昔むかしあるところにおじいさんとおばあさん は 住んでいました」、とは言わない。ここはあくまでも「は」ではなく「が」を使う。

 それから、「おじいさん が 山へ芝刈りに、おばあさん が 川へ洗濯に」とも言いません。ここは「は」を使う。日本人ならこの使い分けはほとんど無意識にできるが、外国人には難しいことだ。

 さて、大野晋さんの理論だが、既知のことには「は」を使い、未知のことには「が」を使う、というのだ。 あるところに住むおじいさんもおばあさんも未知のひとだから、「が」を使う。山にゆくおじいさんも、川にゆくおばあさんも、もう既知のことなので、「は」を使う。

 病院の待合室で「原さんはどなたですか」と尋ねられたら、ふつうは「私が原です」と答える。 「私は原です」とは言わない。言うひともいるかも知れませんが、それは変なひとです。







 
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by hara-yasuhisa | 2013-09-03 07:14 | Comments(0)


折ふしのうた


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