カストロとルソー

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 テレビから流れるオバマ大統領とカストロ議長の会談の様子。注意深く見ていると、テレビによくあることだが、浅薄勝手な解釈で様子を説明している。
 
 それはともかく、フィデル・カストロ(いまの議長の実兄)の名を聞けばルソーの「社会契約論」を思い出す。若きカストロがいつも持ち歩いて読んでいたと、この話はあまりにも有名で、それでこの本のページを開いた人も多いのでは。

 そこには、いうまでもなく「自由」と「平等」の理想社会が掲げられていた。目と鼻の先にフロリダ半島がある。アメリカの庭先で、弁護士のカストロや医師のゲバラたちがカリブで誕生した社会主義を守り、国の経済基盤の建設にあたったが、あまたの試練につぐ試練だったろう。

 四面楚歌の状況でも、カストロの胸にあったのは国民の「自由」と「平等」ではなかったかと、僕は勝手に想像している。貧困をなくすために全力をあげたカストロたちは教育と医療を世界の最高峰に押し上げた。特権階級の存在を耳にしないキューバ。

 それを思うとき、僕はいつもルソーの本を持ち歩いていた若いカストロの姿を思い出すのだ。
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# by hara-yasuhisa | 2016-03-23 11:59 | Comments(0)

 春一番が吹くころ

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 すぐそこに春が来ているのか、それともまだ少し先なのか、そんなこの季節に多喜二の命日がめぐってくる。その日も、きっと冷たい風が吹いていたんだろう。この季節には、決まって多喜二などあの時代を生きた人々に思いが向かう。

 多喜二の盟友だった宮本顕治元議長の若い日の著作・「『敗北』の文学」は、芥川龍之介その人、また作品の階級性を論じた秀作だ。僕は20歳になるかならないかのある日、初めてこれを読んだが、そのときの驚愕と感動はいまも忘れられない。

 その宮本顕治元議長は後年、「運命のめぐりごとによって、私自身はまだ満25歳ぐらいではからずも歴史の重責を負わされ、悪戦苦闘したというのがいつわらざる心境であった。しかし、それでも日本共産党員の道を選んだ大義を、どんな迫害の中でも貫こうという原点を獄中でも保ちつづけることができた。「『敗北』の文学」の結びの言葉―「『敗北』の文学を―その階級的土壌をわれわれは踏み越えて往かねばならない」ということばを自分は実践することができたと、獄中のある日、心の中でつぶやいたことを今も記憶している」と書いている。

 多喜二もきっとこの立場で文学に向かっていたんだろうと、僕は思う。1933年2月20日、多喜二は東京・築地署で逮捕され、その日のうちに殺された。29歳だった。特高警察の死に至るまでの拷問を受けながら、なぜ多喜二は多くの文学者のように転向声明を出さなかったのだろうかと、僕は若いころ考えた。

 芥川を崇拝し、その作品に感嘆し、それからトルストイやショーロホフに感動し、これから本格的に文学と格闘したかったはずなのに。逮捕され、命そのものを消されてしまおうとしているときに、多喜二は魂を売らず、その死とひきかえにいったい何を守ろうとしたのか。

 多喜二の小説に、「3・15大弾圧」での警察の拷問を生々しく暴いた「1928年3月15日」がある。国家権力の醜い本質を描き出したがゆえに、多喜二は特別に憎悪され、また恐れられた。その多喜二だけではなく、治安維持法による虐殺は65人に上る。虐待やそれがもとでの病気などの獄死が1600人を超えている。

 宮本顕治元議長葬儀(07年8月6日)での中央委員会弔辞(不破哲三さん)のなかに次のようなくだりがある。
 「宮本さんが、逮捕後、裁判での公式の陳述はするが、密室での予審にはいっさい応じないという原則をつらぬき、予審を完全黙秘で通したことは、戦後入党したばかりの若い私たちのあいだでもよく知られた語り草となっていました。その獄中で腸結核にかかり生命も危ぶまれたとき、やってきた検事が『沈黙したまま死んだら真実が残らなくなる、調書さえ取れば病院で死なせてやる』と説得したが、それも拒否したという話も聞きました。後年、私がその時の心境を尋ねたとき、返ってきた言葉は『後世を信じたよ』と、実に感動的な一言だったことを強く覚えています」

 後世を信じた― このひとことにすべての想いが込められている。若かった多喜二は、小樽へ文芸講演にきた芥川龍之介のあとを追いかけた。「芸術は民衆の中に必ず種子を残す」という芥川の思想に動かされた多喜二は、やがて科学的社会主義と出逢い、良心の声に動かされ「非合法」の党に加わり、真理の探究者としての道にふみ出した。

 「1928年3月15日』のなかに、空になった小樽の留置場の壁に『3月15日を忘れるな!』『日本共産党万歳!』という文字があちこちに刻まれているとのくだりがある。多喜二は歴史を傍観しなかった。拷問の死の恐怖のなかにあっても、多喜二は自分の文学の自由を守ろうとした。仲間を信じ、未来を信じ、多喜二は未来を生きていた。

 春一番が数日前に吹き荒れた。あの死から80年余が過ぎるが、多喜二はいまも生きていると、ほんとうにそう思う。










 
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# by hara-yasuhisa | 2016-02-24 09:44 | Comments(0)

 お燈まつり

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  路地をまがると
  屋根の間からご神体が遠くに見えた
  白装束の「上がり子」たちが
  わたしを追い越してゆく
  弟も
  まだ小さなころから
  何度となくこの路をとおり
  あの山に登った

  お燈まつりと那智の火まつりは
  欠かしたらあかんね
  大きくなってからは
  そんなことを言っては出かけた
  きょう
  草鞋をはき
  松明を手にした「上がり子」の群れが
  路地から路地をぬけて
  社(やしろ)をめざし流れてゆく

  いまごろ
  弟は神倉のあの山のどこにいるんだろうか
  お燈まつりは
  よみがえりのときという
  夕暮れの街の路地から
  わたしはご神体を見上げながら
  翔
  弟の名を小さく呼んでみる

  たのむで〜 カチ!
  たのむで〜 カチ!
  松明を斜めにぶつけあう
  ちょっと壊したほうが
  火がつきやすいんや
  弟はそんなことを言っていた
  神社への路のそこここに
  「花」が落ち風に揺れている

  肌をさわる空気が冷たくなり
  やがてまつりのときが迫る
  白装束の人々は
  もはや群衆のかたまりとなった
  弟は
  あそこからは闇の世界
  うつつの世とは
  まるで違うところだと笑っていた

  わっしょい わっしょい 
  わっしょい わっしょい
  神倉の山にのぼり
  「上がり子」たちは
  そこで何を見るんだろうか
  やがて 
  おおおお~というどよめき
  ついたあ! ついたあ!
  声が重なって闇にひびく

  ぼおおおお~
  ぼおおおお~
  闇を焦がす炎
  松明に火がつき
  火が火をよび
  「上がり子」たちが飛ぶように駆ける
  あんな風に
  きっと弟も
  この岩道を駆け下りたんだろう
  あのときは普通やない
  新宮の男にしか分からん
  それが口癖だった

  翔
  おねえちゃん 帰るね
  わたしはまだ新しい墓石に
  来年も来るよ
  そうつぶやいてふり返った
  熊野灘の海は
  真っ青にかがやいて
  南からの陽の光をあびて
  新宮の街を抱いていた
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# by hara-yasuhisa | 2016-02-07 12:46 | Comments(0)

 寒のイズスミ

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 真冬、僕が目の色を変えて追い求める魚がある。 

 あれはいくつの頃だったろう、まだ年端もゆかない時分だ。寒い晩に親父がすき焼きにして食べさせてくれたのがこの魚。それからだ、冬が来ると親父にこの魚のすき焼きをせがんだものだった。

 この魚は磯の岩礁域ではどこにでもいるポピュラーな魚だ。ところが、磯釣り師の間では最も嫌われる。なぜかというと、グレ(メジナ)釣りの外道だからだ。グレと同じところを泳ぎ、グレよりも先に餌を食う。グレの引きはほぼ一直線にスマートに引くが、こいつは引きも荒々しく激しい。ガツンと手にひびく当たりがくる。当然、ハリスも傷つく。

 この魚は「まずい」との定評があり、多くの人々がそれを信じている。無理もない、春夏秋の季節に食べると、お世辞にも「うまい」とはいえないからだ。しかし、真冬、特に寒の時期に、こやつの味は一変する。このすき焼きを一度食べたら絶対に忘れられない。しかし、それを知っている人はそう多くない。

 故郷を離れて遠くで暮らしていた叔父が病に臥せったとき、「いっかいでええから死ぬまでにあの魚のすき焼きを食べたい」と懇願してきた。さっそく真冬に手に入れクール便で送った。叔父はすき焼きの鍋を美味しそうにつついたという。
 
 スズキ目イスズミ科、標準和名イスズミ。どういうわけかは知らないが南紀州では「イスズミ」といわず「イズスミ」と前の「ス」が濁る。

 親父は「寒のイズスミは一貫目(3.75キロ)を超えんとあかん」とよく言っていた。このクラス以上になると、肉だけでなく皮も内臓も美味なのだ。

 このところ寒に入ってきたが、この冬、こいつのすき焼きをまだ食べていない。
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# by hara-yasuhisa | 2016-01-21 11:56 | Comments(0)

 トンネルの向こう

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   きょうのはデカイわ
   シシがふえすぎたわ 
   とっくに70を過ぎたそのおいやんが言った
   山に入ってみたら分かるて
   間引きしてない山の中は真っ暗や
   地べたはむき出しのかわいた土や
   シシのエサらなんにもない

   むかしから木の国て言われてるのに
   どの山も放ったらかしや
   人間も暮らせんようになったけど
   シシもシカも暮らせんよ
   あいつらももう行く場所がない
   仕方なしに撃ってるけど
   気色のええことと違うよ


   このトンネルの向こうは
   幾重にもつらなる奥熊野の山々
   シシ撃ちのそのおいやんは
   去年は150頭しとめたという
   そいでもおっつかんわ
   里に来てたらふく食ってるさか
   あいつら体がデカなったよ

   もう アカンて 
   おいやんは語気つよく吐きすてた
   50年以上もこの山に入ってるけど
   もう大地が生きてない
   むかしの山に戻さんと
   動物も人間も
   だあれもおらんようになるて
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# by hara-yasuhisa | 2016-01-06 21:11 | Comments(0)

 冬の風に

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  三〇軒あまりあった僕の里は
  もうたった五軒だけになった
  老夫婦の家のほかは
  みんなひとり暮らしだけど
  和歌山の姉のところにも
  大阪の僕のところにも
  母は身を寄せようとしない

  風のない穏やかなこの里の家に
  母とふたりきりの正月
  姉と手をつないで登った
  裏山の尾根につづくあの小径を
  高速道路のような道が寸断し
  そこだけは別世界のように
  すごいスピードの車が通る

  あの頃はいつも
  玉置山へも北山村へも
  姉が手を引いてくれた
  九十九折りの山径に疲れると
  真っ青な空を見上げ
  まわりは山ばっかりやなあというと
  姉はいつも笑っていた

  もう少しすると
  峪(たに)の木立ちにウグイスが来て
  あの透き通るような啼き声が聞こえる
  八〇に近い母がコメ作りをやめ
  田んぼに生い茂った雑草が
  冬の風にゆれていた
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# by hara-yasuhisa | 2016-01-02 16:46 | Comments(0)

 東芝ひろあきさんの「カサブランカ」によせて

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 この物語の舞台は1941年のフランス領モロッコの港町カサブランカ。ヨーロッパでは第二次大戦が始まっていたが、アメリカはまだ参戦していない。40年の6月にはナチス・ドイツがパリを制圧、ドゴール将軍はイギリスに亡命し、フランスに親ナチスの政権が生まれていた。

 そんな時代のフランス領モロッコのカサブランカ。自由の国アメリカへ亡命しようとする人々がこの港町にやってくる。だけど、カネのない人々は足止めをくらっていて、この物語の主人公・リックの経営する飲み屋に入りびたる。そこには、親ナチスの警察署長やドイツ将校も出入りし目を光らせている。

 とまあ、そんなところに自分の店にイルザが夫と共にやってくる。リックにすれば、イルザは理由も告げずに消えた女。それが夫とやってきたんだから、これはもう面白くない。案の定、リックの胸は乱れに乱れる・・・
有名な『君の瞳に乾杯』というせりふを、リックはイルザに4回も言っている。言われたイルザの瞳は、この愛が成就しないと知っているから潤んでいる。

 We'll always have Paris・・・「俺たちにはパリ(の思い出)がある」・・・この物語のリックとイルザについてはこのせりふがすべてを表しているといっていい。 ”パリでの日々が胸にあるだけで、それだけで生きていける” そう言いきれる愛がパリでの二人にはあったんだと思わせる。

 そのパリで二人に何があったのか、映画ではごくごく暗示されているだけだ。それゆえ、イルザの魅力がいまいち鮮明にならない。だけど、「We'll always have Paris・・・俺たちにはパリがある」と、この言葉には、第二次大戦下の時代の激動に翻弄されながらも、運命の愛に生きようとするリックの哀しく切ないまでの決意がこもっている。
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# by hara-yasuhisa | 2015-12-19 12:15 | Comments(0)


折ふしのうた


by hara-yasuhisa

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