いつまで夫婦同姓の強制なのか

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 なぜ、世界で日本だけ「夫婦同姓」義務づけなのか?

 世界中で認められている女性の権利が、この国ではなぜ受け入れられないのか。夫婦別姓をめぐる12月16日の大法廷判断は明らかな時代錯誤だ。

 憲法24条は、
 「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めているが、

 安倍首相は、
 「夫婦別姓は家族の解体を意味します。家族の解体が最終目標であって、家族から解放されなければ人間として自由になれないという、左翼的かつ共産主義のドグマ(教義)。これは日教組が教育現場で実行していることです」(「WiLL」2010年7月号)という。

 選択的夫婦別姓を望んできた多くの女性にとって、ただ自分の歴史を刻んできた姓を変えたくないという理由から制度化を希望している。安倍首相はそうした国民の声を「家族の解体が最終目標」と罵り、それが共産主義だという。ならば、いま世界中が共産主義の国なのか。

 選択的夫婦別姓は98年、02年、10年と国会で導入が検討されたが、その度に自民党が強く反対した。その反対の中心にいたのが安倍首相だ。自民党改憲草案では、第24条の前に次のような文言が追加されている。
 《家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない》

 これは何を意味するのか。個人の尊厳や男女の平等よりも家族が優先されるということだ。女性の人権を認めず、個人を家族でしばり、国家の一部として機能させようとする考え方である。

 安倍首相は、「一緒に暮らす家族、(中略)今日の自分を育んでくれた日本の歴史や文化、伝統、そういうものを虚心に大切と思う心こそが日本を守り、われわれが自ら起つことにつながっていく」(「正論」04年11月号)ともいう。
 「日本を守り、われわれが自ら起つ」。この「起つ」が何を意味していることか!
 

 明治憲法下での「家」制度では、家長が家族を統率し、家長の地位と家の財産は、原則、長男子が承継した。家族は家長の同意がなければ婚姻できないし、家の存続が何よりも重視され、妻に子どもができない場合には、夫は妻以外の女性との間に子をもうけ、後継ぎを確保することも許された。

 エンゲルスは「家族・私有財産・国家の起源」で経済的条件を基礎に発展してきた家族の歴史を分析した。
 明治憲法下での「家」制度は、一夫一婦婚とはいっても、男性が自分の子どもに財産を相続させることを目的とした「打算婚」であった。それゆえに夫には不貞の権利があっても妻にはなかった制度なのだ。

 エンゲルスは、
 人間が経済的な打算から解放された社会では、一夫一婦婚から (1)男性の優位と (2)愛情が失せても離婚できないということが消え、真の一夫一婦婚が生まれ「愛にもとづく結婚だけが道徳的であるならば、愛がつづいている婚姻だけがまた道徳的である」と、そう喝破した。
 「個人的性愛」だけが二人を結びつけるのだという。

 夫婦同姓を強要する制度は人権を侵害している。いつまで夫婦同姓の強制か―カビのはえた戦前の「家」制度への回帰を許してはならない。
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# by hara-yasuhisa | 2015-12-17 15:01 | Comments(0)

熊野は辺境の地

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 イザナミノミコト(妻)は、イザナギノミコト(夫)と力を合わせ、日本列島をつくりました-『日本書紀』。

 そのイザナミのお墓がご存知の三重県熊野市にある「花の窟(いわや)」。現地に行ってご覧になった方もおられるだろう。70m~80mの巨岩で、『日本書紀』には次のように書かれている。

 イザナミノミコトは火の神を産むときに陰部に大火傷を負い死んだ。その遺体は熊野の洞窟に葬られた、と。さらに言えば、妻の死に怒った夫のイザナギは、生後間もない火の神を殺してしまう、と。殺されたその子の墓もここにある。

 女性器から火が出るという話は南の国々にもあり、専門家の間ではよく知られている。太古の昔、火を起こすのは木と木をこすり合わせる方法で、これが男女の性行為に似ているとか。これはこれで面白い話なのだが、詳しいことはここでは省く。

 熊野市の「花の窟」では、いまでも毎年2月2日と10月2日に花をあげ、地元の少女が舞を捧げる。

 日本書紀の8年前に書かれた『古事記』ではどう書かれているか。イザナミのお墓は、「出雲国と伯伎国との境にある比婆の山」だという。 いまの広島県の比婆山がそれで、そこに熊野神社という名の神社がある。

 人間は火を使って金属器を作り、森をきり開いて農耕をし、土器を作ったり、食物を調理するようになった。火の発見により人類は飛躍をとげ、文化を築き上げてきた。

 しかし、太古の人たちは、火で焼畑をつくり、森をきり開く、つまりそれは自然を傷つけることであり罪悪感と恐れを覚えた。母なる大地なしには生きていけないのだが、人間はしかし、その母なる自然を破壊して生きてきた。

 熊野の山々は三千六百峰といわれ、ほとんどが山林に覆われ、平地はほとんどない。山からいきなり海に出るような地形が多い熊野は、人が農耕をして暮らすには不便な場所だ。

 それゆえに開発を免れた熊野は、ほぼ全域をシイやカシなどの照葉樹林に覆われていた。 都の大和びとから見たら、熊野は山々のはるか彼方にある辺境の地だった。

 熊野の地名が初めて登場する文献は『日本書紀』。 大和の人びとは熊野を死後の世界に近い場所と考えていたようだ。

 時代がぐっと下り、さまざまな宗教が広がるもとで、本宮は阿弥陀如来の西方極楽浄土、新宮は薬師如来の東方浄瑠璃浄土、那智は千手観音の南方補陀落(ふだらく)浄土の地だとされた。

 こうして熊野3山の地は「浄土」の地とみなされるようになった。 熊野が広くその名を知られるようになるのは、院政期、上皇や女院による熊野御幸(くまのごこう)が行われるようになってから。上皇たちの熊野御幸は年中行事になり、熊野は浄土信仰の日本一の大霊験所になっていった。


 さて、武士が世の中の中心勢力になった頃から、熊野御幸は衰退したが、熊野信仰そのものは衰えなかった。武士も庶民も熊野詣をするようになり、「蟻の熊野詣」などと、蟻が行列をなして行き来する様にたとえられた。

 「熊野」という地名が何を意味していたのか、その語源には諸説があります。主なものは、
 ・「クマ」は古語で「カミ」を意味し、「神のいます所」だとの説。
 ・「クマ」は「こもる」の意で、「神が隠る所」の意だとする説。
 ・「クマ」は「こもる」の意で、「死者の霊魂が隠るところ」だとする説。
 ・「クマ」は「隅(くま=すみ)」で、都からは辺境の地だとする説。

 どの説も山々が連なり、鬱蒼とした森がつづく、陽のあたらない地というイメージだが、それは大和の都から見た話であって、実際は、熊野の地には南からの風が入り、南国の陽の光がさんさんと輝く、海の幸と山の幸に恵まれた大地があった。

 その熊野の大地はいま、うちつづいた国策の誤りによって崩れようとしている。

(写真は、熊野灘にそって約25kmつづく七里御浜)
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# by hara-yasuhisa | 2015-11-06 15:59 | Comments(0)

古くは河合村

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 新宮への道は二つしかない。
 中辺路から熊野を山越えするか、枯木灘の海岸線をゆくか。この日は山越えの道を走ったが、いつものことながらわき道にそれてみたくなる。

 北山川が下りてくる宮井の大橋の辺りで車を停めると、いつまでもこの辺りの風景を眺めていたくなる。いうまでもなく川の向こう岸は三重県。舟がないと渡れない。



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 その宮井の大橋が真新しくなっていた。写真左のいまとなっては旧の橋は通行止め。生活道路としては広く新しい道ができていいが、あの歴史を感じさせてくれ、ひとことでいって風情のある橋は残してもらいたい。

 この地は、古くは河合村といった。北山川が熊野川に合流するから「河合村」なんだろうが、鎌倉時代あたりにあったお城の址(あと)が山の上に残っている。
 時代がうんと下って、この地は鉱山で賑わい、労働者のたたかいもあったが、それはずっと前にここでも書いた。



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 それから新宮に走り、いつも行く小さな小さなレストランに入った。けっして愛想がいいとはいえない奥さんが、「ランチですね」といつも通りの声をかけてくれた。


 帰りは海岸線を北上して一気に和歌山市へ向かった。
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# by hara-yasuhisa | 2015-10-22 09:12 | Comments(0)

 連合政府を実現する会

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「ここの地域に国民連合政府を実現する会を作ろら」-先日の「つどい」で出された意見だ。日本が非常事態に置かれたいま、何をなすべきか―そんな角度から僕は国民連合政府の提案を話した。議論が盛り上がるなかである男性が先の意見を述べられた。


「♪ひがししなかいまえにみて わしらがいきたとちがある♪」―話のなかで僕は、「こんな歌を知っていますか」と出だしの部分を歌った。若い世代の方は知らなかった。「つどい」で歌をうたったのは初めてだったが、どなたかが歌集を用意されていて、それに市議の松坂さんがアコーディオンを持参されていたので「つどい」は「歌声集会」に変わった。


坂口多美子さんが参議院に挑戦する清新な決意を述べられた。こんな「つどい」が隅々で開かれれば国民連合政府実現への大きなうねりになる。
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# by hara-yasuhisa | 2015-10-11 10:35 | Comments(0)

 げにはかなきは

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   この世のなごり
   夜もなごり 
   採決強行たとふれば
   あだしが原の道の霜 
   一足づつに消えてゆく 
   自民公明あはれなれ
   あれしののめのまだ遠き 
   闇夜に民意を踏み潰す 
   議事堂かこむ民の声 
   寂滅為楽と響くなり


   吹く風の音ばかりか 
   草も木も 
   降る雨さへも見上ぐれば 
   立憲うばうなの音響き
   北斗は冴へる永田の空
   あまねく轟く廃案の声
   民の流れは天の川
   今宵の霜は明日消ゆる
   消え去るときも添いすがる 
   げにはかなきは自公なれ



   (近松で遊んでみました)
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# by hara-yasuhisa | 2015-09-23 08:14 | Comments(0)

灼けつく渇きで

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  夜明けの裏通りで
  きみの名を書く 
  民主主義よ
  ぼくの念頭からきみが去って長い
  ぼくの足がきみを訪ねることを忘れて 
  もうずいぶん久しい
  ただひと筋の
  灼けつく胸の渇きの記憶が
  きみの名をひそかに書かせる 
  民主主義よ   
  まだ明けない裏通りのどこかで
  足音や呼子の音、扉を叩く音
  ひと声長いだれかの悲鳴
  うめき声や哭き声、ため息
  ぼくの胸に
  深く深く刻まれるきみの名の上に
  きみの名の孤独な輝きの上に
  よみがえる生の痛み
  よみがえる青あおとした自由の想い出
  よみがえりくる 
  捕らわれて行った友らの血まみれの顔   
  震える手 震える胸
  震えこみ上げる怒りをこめて
  板ぎれに白墨で、ぎこちない手つきで書く   
  息をこらしむせび泣きつつ
  きみの名をひそかに書く
  灼けつく渇きで
  灼けつく渇きで
  民主主義よ 
  万歳

                  (金芝河)


  強行採決の夜に怒りをこめて思い出した詩。
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# by hara-yasuhisa | 2015-09-18 13:30 | Comments(0)

 奴らを通すな

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 太陽が昇るとき
 ひとは瞳をあげる
 彗星があらわれ眼なざしを向ける
 鳴らされる鐘の音にひとは耳をかたむける
 その鐘の音が魂を運んでくれるから
 だれもが孤立していない
 だれもがこの大地のかけら
 一塊の土くれが海に洗い流されても
 ヨーロッパがもとの姿を失わないように
 汝や汝の友が流されても
 けっして消え去りはしない
 いかなるひとの死も
 かけがえのないひと欠片のいのち
 われらはみな人類のひと欠片
 ゆえに汝 問うなかれ
 誰がために鐘は鳴るやと
 そは汝(な)がために鳴るなれば



 スペイン人民戦線のたたかいを描いたヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」は、ジョン・ダンのこの「瞑想」という詩のことばから名付けられている。
 戦争法案に反対するたたかいのなかで、「奴らを通すな」と叫んでいる若者の姿をフェイスブックで見て驚いた。 「奴らを通すな」は、ヘミングウェイが描いた小説の、まさにその時代に、「マドリードの赤いバラ」と呼ばれたスペイン共産党のロドレス・イバルリ(写真)がフランコ派とのたたかいで叫んだものだ。
 80年のときを経て、このことばが蘇り若者たちの叫びになるとは思いもよらないことだったが、うずくような共感がわいてきた。
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# by hara-yasuhisa | 2015-08-30 16:05 | Comments(0)


折ふしのうた


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