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小説『新鹿の浜辺』へのメール


 小説『新鹿の浜辺で』を読んだと、新鹿在住の方からのお便りが届きました。

 そのメールには、新鹿で生まれ育ち、高校のときの同級生と結ばれ、その後、都会で暮らして、退職後にふるさとに戻ったと書かれていました。

 熊野市の図書館でわたしの小説を見つけ、一気に読んで、その感動でメールを送ってくれたとありました。

 

 わたしの小説には、奥付にメールアドレスを書いていますので、読んでくれた方から時おりメールが届きます。この度の方は、小説の舞台となっている新鹿の方ということで、わたしにとっても新鮮な嬉しさがありました。

 「一つひとつのことが、まるで我が事のようです。それにしても、余りにも美しい青春であると同時に、余りにも辛い青春です!」と、感想を締めくくってくれています。  とくに、「我が事のようで」との件には、わたしの方が感動しました。

 小説を書く者ならだれでもそうだと思いますが、いつも、これでいいだろうか、もっと違った表現があるのじゃないだろうかと、迷い道をゆきながら書いています。なので、この方のような感想はほんとに励みになるのです。感謝です。

 


# by hara-yasuhisa | 2024-02-11 14:03

熊野の美しさ

やっと感染症爆発(パンデミック)が下火になり、熊野古道に海外からの人びとが戻ってきている。先日、とある仕舞屋(しもたや)の前に欧州人らしい女性が傘をさして佇み、わたしの車に親指を立てていた。冷たい雨が降っていて、わたしは彼女の傍らに車を停め、どこまで行くのですかと英語で尋ねた。すると彼女は、ユノミネ、ユノミネとだけ日本語で答えた。どうぞ乗ってくださいと言うと、彼女は助手席に乗ってきた。

走り出して、どこの国の方かと訊くとフランスのパリからの旅行者で、ゲストハウスに滞在しているという。日本語は話せず、お互い片言の英語だ。彼女は、スペインの歴史の道にも行ったが熊野古道ほど美しい道は他にはないと言う。お世辞だろうと思ったが、話しているうちにほんとうにそう思っていることが分かった。

山が様々な緑に彩られていて、こんなに変化に富む素敵な緑はどこにもないと彼女は言うのだった。パリでデザイナーの仕事をしており、色彩については一家言をもっていると、そう言われてわたしはV字型に迫る左右の山を見た。さればである、それぞれの木にはそれぞれに固有の緑がある。陽のひかりが透けるような淡く柔らかな緑葉もあれば、濃い緑もある、黄色も紅色だってある。それらに囲まれて暮らしていると、彩の豊かさを見落としているのだ。

湯の峰へ通じる山間の道端に白い山百合がいまを盛りとばかりに咲き、それが雨に打たれている。彼女の名はアリシア、31歳だった。美しい響きの名前ですねというと、アリガトウと言い、でもこのユリの花のほうがずっときれいだと微笑んだ。彼女は日本が好きで各地を旅したが、紀伊半島には独特の山と川と海の美しさがあるという。フランスにはこの熊野のような山はないし、こんな透明な水が流れる人里もないと、谷川を指さした。

東京のような近代都市の美は世界の各地にあるが、熊野の自然の美しさはよその国にはない独特のものだと言う。彼女は、古道だけでなく熊野の自然そのものが世界遺産だと言うのだった。その言葉を聞きながら、欧米からたくさんの人びとがやってくる理由もそのあたりにあるのだろうと思ったりした。だが、山々が荒れ、熊野の大地が急速に壊れている現実が一方にある。江戸時代の終りまで、紀州藩によって熊野の山々は高度な森林管理が行われていた。海の漁場を保護する魚付林までもが組織的に管理されていたのだから驚く。


湯の峰温泉の駐車場でアリシアと別れた。そこから渡瀬温泉へむかう山道で、無惨に放置された倒木をいくつも見かけた。熊野川に出ると、三重県側の山の稜線の上に灰色の雲が重くかぶさり、雨はまだ止む気配がなかった。



# by hara-yasuhisa | 2024-02-04 13:20

臨済宗妙心寺派泉昌寺

臨済宗妙心寺派泉昌寺_e0258208_10521102.jpg




山々にかこまれた相野谷(おのだに)は車の行き来とてすくなく、道を尋ねるにも人影さえない静かな里だった。晩夏とはいえ、湿度の高いきのうはすこし歩くと汗が吹きだしてくる。めざす阪松原の集落は山ふところに抱かれるように、すこし傾斜のある土地に十数軒の家々が点在するのどかなところだった。すこし小高いところにその小さなお寺はあった。

臨済宗妙心寺派泉昌寺。留守居僧だった25歳の峰尾節堂は踏みこんできた新宮警察の刑事によって「大逆事件」に連座したとして逮捕され、ふたたびこの地に帰ってくることはなかった。あとには若い妻ノブだけが残された。1910年6月のある朝のことだ。

畑で農作業をしていた女性に声をかけると、「和尚はおらんで」という。「知ってます。峰尾節堂のいたお寺を確かめにきたんです」というと、「ああ、昔の事件やねえ」と返してくれた。


小さなお寺であるがきれいに掃除がされている。檀家は40数軒とのことだが、近所で尋ねると当番をきめて毎月掃除を欠かさないとのことだ。新宮のドクトル大石と交友し社会主義の書物を読んでいた、それが死刑の罪になった。

峰尾節堂「死刑」の判決に臨済宗妙心寺派は彼を宗門から永久追放する。節堂はその後、獄中で病死する。権力にすり寄った妙心寺派が節堂の名誉回復の措置をとったのは事件から86年もたった1996年。「あまりにも遅すぎる」と妙心寺派総務総長は百回忌にあたって懺悔の挨拶をした

 汗をぬぐいながらすぐには泉昌寺を立ち去りがたく境内から静かな農村の風景を眺めていると、このお寺で25歳の節堂が妻ノブと過ごしていた様子が浮かんでくる。ノブはその後、知人を頼って京都に逃れたらしいが消息はだれも知らないという。


# by hara-yasuhisa | 2023-09-17 10:38

小説の意義

なにも小説に限ったことではないが、芸術の作者はいつも「表現せずにはいられない」「書かずにはいられない」テーマがあって作品を創る。そのテーマが多くの人たちとは無縁のものなら作者だけの情熱表現で終わるし、そうでないなら多くの人の心に残る。


小説は、と大上段に構えることもないが、読者にとってはほんとに必要なもので、一片(ひとひら)の小説には、現実の生活よりももっと生の現実があるものだし、人の感情や心理の裏表があり、さらに絶望や、また希望があるものだ。

芸術的価値だけで小説が必要とされていた時代からすると、いまの世はそうではなくて、芸術的価値がなくても他の価値があるものなら認められる。あまたある文芸誌やネット文芸の反乱を見ればそれは明らかだ。


昔、正宗白鳥が「小説とは面白いものだ。何十年と小説を読んでいるがそれでも厭きない」と言ったことがある。読者にとってはきっとそうなのだと思う。小説に限ったことではない。音楽でも「表現しないではいられない」ところから生み出されたものは人を惹きつける魅力と価値がある。


最近のあれこれの文学賞作品を読んでいると、「手練れの作品やなあー」と思うものがほんとに数多い。特に最近は「表現の自由」という旗印があり、書かれ方も自由奔放、奇天烈なものも目につく。作者が作家的良心をもっていないような場合でも、商品としての価値があれば話題になる時代だ。


人間にはどうも「低俗卑賎」を覗き見たい癖があるのか、そういう作品も多い。などと言うと読者から嫌がられるだろうか。「小説には良い小説と悪い小説とがあるだけだ」と、かつて高名な作家が言っていたが、ほんとにそうだと思う。

その意味からすると、良い小説は純文学に多くて大衆文学に少ない、と一概には言えない。言えないが、「書かずにはいられない」テーマを読者に呼びかけたい、ただそれだけだという芸術的良心、情熱をもった作品が少なくなった気がする。


太宰治が芥川賞の受賞から外されたとき、選考委員の川端康成に噛みついた話は有名だ。芥川賞を狙って書いた太宰治は芸術的情熱よりも、売れる作家になりたいという欲求が優っていたのだろう。などと書くと太宰ファンに非難されそうだが、本人が言っていることだ。


 小説は、人の運命のなかから、その人の生活や諸々の混沌のなかから、その人を通して現れる知的な進路を描き出す営みだ。言い換えると、文学作品には読者の認識の発展、またそれによる感動がないといけない。どんな種類の小説であれ、小説はいつでも人間の追求だし、人間の真実を探求する営みだと思う。


# by hara-yasuhisa | 2023-09-06 15:50

小説・太平洋食堂

とにかくこんな素敵な小説、近頃読んだことがない。

『太平洋食堂』が見せてくれる世界は、大逆事件で殺害された「ドクトル大石」こと大石誠之助の物語だが、幸徳秋水や堺利彦らとの出逢いと友情、当時はまだごく少数だった女性ジャーナリスト管野須賀子の壮絶なたたかいなど、息もつかせず読むものを引っ張る。

「早よしてよドクトル、腹減ったわ」と、近所の貧しい子どもたちが『太平洋食堂』に駆け込んでくる。留学したワシントン、オレゴン、カナダ、シンガポール、インドで覚えてきた料理を子どもたちにせっせと作るドクトル。さらに、当時はまだ珍しかったベースボール(大石は道具一式をアメリカから取り寄せた)を子どもたちに教える。

与謝野鉄幹が『明星』派の弟子、北原白秋、吉井勇らを伴って新宮市にやって来た。ドクトルは一行を歓迎する。鉄幹は、文壇の大御所たちの停滞した精神のあり様を痛烈に批判して登場した寵児。その影響をうけた正岡子規は『歌よみに与ふる書』を書いた。また、鉄幹の妻となった与謝野晶子は『君死にたまふことなかれ』を発表。

人を殺せとをしへしや

人を殺して死ねよとて

二十四までをそだてしや


『太平洋食堂』の作者、柳広司は新宮から熊野川をひとまたぎした南牟婁郡の出身。新宮の街はいわば自身のお膝元だ。それにしても大石誠之助が生きた時代は100年以上も前。これだけの大作を書き上げるのは並大抵ではなかっただろう。「作家活動のすべてをこめた」と言うが、感動の大作だ。

「暗殺は暗い。人の心が離れてゆく。その結果、弱いものたちがさらに追い詰められてゆくことになる」が持論だったドクトル。だが、大石誠之助をはじめ12人の「社会主義者」たちが殺害された罪は、「天皇、皇太后、皇后、皇太子、又は皇太孫に対し危害を加え又は加えんとしたる者は死刑に処す」という刑法第73条違反だった。

髭づらのドクトルはいつも「うまいもん作ったろか」と貧しい子どもたちに声をかけた。各国から医学誌を取りよせ読破していた水準の高い医師だったドクトルは、カネのない貧乏人からはいっさい医療費をとらず、富裕層からはがっぽりといただく・・・。

『太平洋食堂』をぜひ読んでほしい。


# by hara-yasuhisa | 2023-08-22 10:56


折ふしのうた


by hara-yasuhisa

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