一握りの砂も

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  一握りの砂も
  一滴の水も
  ぜーんぶわれわれのものだ
  地球の裏側から来たアメリカは
  ぬするれいびんど
  泥棒だ
  だからみんな団結しよう

  カメジローの
  あの演説が
”被告人瀬長の口を封じることができても
  虐げられた幾万大衆の口を封じることはできない”
  あの声が響いてくるようだ
  カチャーシーに舞うデニーは
  たたかう人々のこころに
  焼きついた
  
  





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# by hara-yasuhisa | 2018-10-02 20:18 | Comments(0)

きのうの夕刻

 きのうの夕刻のこと。

 和歌山からの帰りみち、いつも通り印南のパーキングに立ち寄った。ここに立ち寄るのは大体は夕刻。いつもの店の前に行くと、おばさんがひとり前に立っていて、店は閉まっていた。

 ガラスドアの貼り紙に、「停電のため臨時休業します」とある。
おばさんが、「ついさっき電気来たんやけどな、ほんまに5分ほど前やさか、まだあかんね」と説明してくれた。

 「そやけどトイレは来てるでえ」というと、「ああ、そこは高速道路の会社やからな、自前の電気あるんや」と山手にある外部電源を指差した。「こあなん家にもあったら便利やのになあ」と笑うと、おばさんは「ほんまや、悪いことばっかりせんと、こあなんをちゃんとして欲しいわ」という。

 南海トラフ地震では、和歌山県は全国2位で約80,000人が亡くなるとの予想だ。そして南紀州に集中している。高速のパーキングで可能なら、各地の避難所でも独自の電力設備を設けることを考えれられるのではないかと、おばさんとそんな話になった。
 
 

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# by hara-yasuhisa | 2018-09-08 15:42 | Comments(0)

蝉しぐれのころ

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ふくは尼になる前にひと目逢いたいと、次の文をしたため、文四郎を呼び出した。



一筆申しあげ候。わが子千代丸、縁あって深きお家のあと継ぎとして、養子縁組相整い、安堵いたしおり候。


さて、大殿様、一周忌をひかえ、浮世の思い患い断ち切るべく、わたくしこの秋、白蓮院に入り尼になることと相決め候。さりながら、今生の未練と存じ候えども、貴方様にひと目お会いいたしたく、本日、箕浦(みのうら)にまかり越し候。


もし、お目もじかない候わば無情の喜びにて候えども、決して、ご無理申す義にてはこれなく候。万が一つの幸いを頼みに、この文参らせ候。




文四郎はふくが待つ屋敷へと馬を走らせた。 ふくは、「文四郎様のお子が私の子で、私の子が文四郎様のお子である道はなかったのでしょうか」と文四郎に問う。二人が結婚する道はなかったのでしょうかと、そう問うたのだった。



青春のとき以上の女の美しさをたたえたふくが、まっすぐに文四郎を見つめていた。 文四郎は、「そうすることができなかったのが、それがしの生涯の悔いです」と言い、二人は初めて互いの気持ちをことばにした。『蝉しぐれ』(藤沢周平)の最後の逢瀬の場面だ。



藤沢作品の中でも『蝉しぐれ』はもっとも人気のある作品のひとつで、映画にもなり、TVドラマにもなった。題名のとおり、物語の随所に蝉しぐれが登場する。



文四郎とふくは別れる。その印象的なラストシーンにも作者はしぐれのように降りそそぐ蝉の鳴き声を描いている。それは、張り裂けそうな二人の心の叫びでもあり、また二人への鎮魂の歌ででもあったのだろう。








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# by hara-yasuhisa | 2018-06-06 15:40 | Comments(0)

人びとの住む山村

 

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 紀伊半島の深山に分け入ると、古代からの人びとの暮らしぶりを偲ばせるさまざまな遺跡に出遭う。山奥に走る林道をゆくと、ときに驚くような古い時代のものを目にする。その一つに苔むした石垣がある。いったいこんな石垣がこんな山奥になぜ・・・と、思わず車をおりてしばしたたずむことがよくある。



 家を囲んでいる石垣、集落全体を囲んでいる石垣、広く田畑を囲んでいる石垣、さらには新宮市にあるような山から山へと100キロも延びている石垣もある。想像を絶する人びとの労働がそこに投じられている。後世の人はそれを「猪垣」(ししがき)と名づけたりする。



 この半島にはいまも大型の動物が生息している。熊、猪、鹿、日本カモシカなどがいるし、さらには明治時代の後半まで狼が熊野の深山を駆けめぐっていた。人びとは古くからずっと獣害に悩まされてきたようで、各地に猪や鹿に農作物が荒らされた記録が残っている。が、その時代には猪や鹿の前に狼が立ちはだかっていた。



その狼が消えて100年が過ぎる。さらに人びとの暮らしが山奥から消え、山は荒れ、耕作放棄地が放置され、石垣も人の手が入れられないまま風雨にさらされている。人びとが野生動物の世界に入り込んだために生じた摩擦は減っているはずなのに、獣害は広がる一方である。



だからということで、もういちど狼を山に放とうと真面目に主張する人びともいる。野生動物の天敵を山に放とうというのだ。かつて、人びとは森や林を切り拓き深山へと入って行った。逆にいま、それらの山から人びとが後退しつづけ、そこに動物たちが押し寄せてきている。



農林漁業を切りすてる政治の果てに、山村では暮らせずに人びとが消え生態系が壊れてしまった。人が住まなくなって起きたことだから、人が住み生活が行われれば解決にむかう。狼に頼らなくても、特別な対策をとらなくても、「人びとが生活する」紀伊半島の山村をつくればいい。そこに考えが及ばず、そのための手立てをとらない政治は、もはや政治とはいえない。

(写真、人びとが消えた山村に放置されている廃校)

 




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# by hara-yasuhisa | 2018-06-02 18:16 | Comments(0)

遠い熊野

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いま、熊野古道を歩く欧米の男女が多い。



熊野の神や仏は、女性はもちろんどんな人でも受け入れてきた。南紀州の山の中にいまはもう苔むしているが、尼寺の址が多いのは女性を排除しなかった熊野信仰のあかしだ。



行けども行けども、山また山。古くから「熊野三千六百峰」と言われ、温く、雨の多い気候は森を育て、険しい谷や急峻な斜面は滝をつくり川の流れを生み出した。自然が幾千年かけて創りだしたこの地を、人びとはいつの頃からか神が宿る地として信仰の対象とした。



11~12世紀にかけて法皇(出家した天皇)や上皇(元天皇)の参詣が相次いだために、半ば国家の行事のようになったようだ。後白河院はほぼ1年に1回のペースで34回、後鳥羽院は10ヶ月に1回のペースで28回、これが参拝回数の記録保持者だ。

考えてみると、あの時代に遠く都からやってくるんだから半端ではない。



 そうまでして熊野にやってくるにはそれなりのわけがあったのだろう。熊野詣(くまのもうで)は流行になり、女院や一般の貴族にも広がりみんな競うように参詣をくり返した。「回数が多いほど救われる」と修験者たちが説いてまわったからだ。



ただ、法皇や女院の参詣には世話をする者や警護の者などで大人数になった。受け入れる地元の村びとの負担は相当なもので、1118年の白河院の参詣では人足814人、伝馬185頭とされ、これに要する食料などのほとんどが地元で調達された。



鎌倉時代には、北条政子の2回の参詣が記録に残されている。それ以後は、皇族に代わり武士の参詣が盛んになったという。「蟻の熊野詣」などと言われだしたのもこの頃からである。



人びとはなぜ熊野をめざしたのか。それは浄土への憧れであり、熊野を現実の浄土と思う信仰だ。熊野とは奥まった遠いところという意味で、そこに至る熊野古道はいまも奥深い森の神秘のなかにある。






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# by hara-yasuhisa | 2018-05-23 20:59 | Comments(0)

春の玉置山


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この山(玉置山・1077m)と玉置神社は、人里を遠く、遠く離れた紀伊半島のど真ん中にある。まだ息子が小さい頃に「連れてったるわ」と約束していた地だ。


きょう、この熊野の奥も奥にある玉置山に足を運んだ。樹齢3000年という杉の大樹と玉置神社の神殿をひと目見たくて出かけた。


 神社に行って初めて知ったんだが、日本最古の神社だとか。そう言われるだけあって、見た目にも古く歴史を感じる神社だ。日本を創ったとされるイザナギノミコトとイザナミノミコトがこの玉置神社に祀られている。


 修験道(しゅげんどう)の役行者(えんのぎょうじゃ、役小角えんのおづのともいう)や、弘法大師もこの地で修行したといわれている。


04年にユネスコ世界遺産に「大峯奥駈道」も認定され、訪れる人も増えたとか。清浄さ、荘厳さが太古へといざなう。


玉置神社の駐車場から境内までは歩いて15分だが、平坦ではないので歩きやすい靴で行くといい。






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# by hara-yasuhisa | 2018-05-04 21:46 | Comments(0)

桜花のころ


 あれから2年が過ぎたことになるが、とても実感がない。息子の3回忌の法要を菩提寺の聖福寺(本山臨済宗妙心寺)で行った。親族のほか、高校野球部の数人も来てくれた。

 季節はものみな萌えいずるとき。病室の窓から、遠くに咲く桜花やそのあとの葉桜を見ながら過ごしたあの頃のことを思うにつけ、ひとの命の果かなさとそれゆえのかけがえのなさを思い知る。

 多くのひとが、孫の琥帝(こてつ)が亡くしたゆうによく似てきたという。二人は叔父と甥の関係だからそれはそれで何の不思議でもないのだが、この春から4年生になる孫の顔をときにじっと見つめている自分に気づく。

 3・11大震災の翌日に消防局からの派遣部隊の一人として東北の現場に入り、息子は亡くなった人たちの遺体回収の任務についた。津波のあとの「地獄のような」任務からもどり、そして数ヵ月後に頭痛がはじまり脳腫瘍を発病した。

 発病から死までの息子の3年の苦悩を思うにつけ、とくに病室でともに過ごした最後の日々にこれまでの人生で一度も感じたことのない衝動がこみ上げてきた。代わってやりたい。できる筈もないことだが、やりきれなさのなかでもがいていた。

 桜花が好きで、結婚してからは毎年のように美穂ちゃんと平草原に来ていたという。その平草原に上ってみた。春がいっぱい、花見でにぎわう人たちのなかにゆうと美穂ちゃんの姿を見たような気がした。
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(聖福寺から見た家並)
 

 

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# by hara-yasuhisa | 2018-03-28 20:45 | Comments(0)


折ふしのうた


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