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熊野は辺境の地

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 イザナミノミコト(妻)は、イザナギノミコト(夫)と力を合わせ、日本列島をつくりました-『日本書紀』。

 そのイザナミのお墓がご存知の三重県熊野市にある「花の窟(いわや)」。現地に行ってご覧になった方もおられるだろう。70m~80mの巨岩で、『日本書紀』には次のように書かれている。

 イザナミノミコトは火の神を産むときに陰部に大火傷を負い死んだ。その遺体は熊野の洞窟に葬られた、と。さらに言えば、妻の死に怒った夫のイザナギは、生後間もない火の神を殺してしまう、と。殺されたその子の墓もここにある。

 女性器から火が出るという話は南の国々にもあり、専門家の間ではよく知られている。太古の昔、火を起こすのは木と木をこすり合わせる方法で、これが男女の性行為に似ているとか。これはこれで面白い話なのだが、詳しいことはここでは省く。

 熊野市の「花の窟」では、いまでも毎年2月2日と10月2日に花をあげ、地元の少女が舞を捧げる。

 日本書紀の8年前に書かれた『古事記』ではどう書かれているか。イザナミのお墓は、「出雲国と伯伎国との境にある比婆の山」だという。 いまの広島県の比婆山がそれで、そこに熊野神社という名の神社がある。

 人間は火を使って金属器を作り、森をきり開いて農耕をし、土器を作ったり、食物を調理するようになった。火の発見により人類は飛躍をとげ、文化を築き上げてきた。

 しかし、太古の人たちは、火で焼畑をつくり、森をきり開く、つまりそれは自然を傷つけることであり罪悪感と恐れを覚えた。母なる大地なしには生きていけないのだが、人間はしかし、その母なる自然を破壊して生きてきた。

 熊野の山々は三千六百峰といわれ、ほとんどが山林に覆われ、平地はほとんどない。山からいきなり海に出るような地形が多い熊野は、人が農耕をして暮らすには不便な場所だ。

 それゆえに開発を免れた熊野は、ほぼ全域をシイやカシなどの照葉樹林に覆われていた。 都の大和びとから見たら、熊野は山々のはるか彼方にある辺境の地だった。

 熊野の地名が初めて登場する文献は『日本書紀』。 大和の人びとは熊野を死後の世界に近い場所と考えていたようだ。

 時代がぐっと下り、さまざまな宗教が広がるもとで、本宮は阿弥陀如来の西方極楽浄土、新宮は薬師如来の東方浄瑠璃浄土、那智は千手観音の南方補陀落(ふだらく)浄土の地だとされた。

 こうして熊野3山の地は「浄土」の地とみなされるようになった。 熊野が広くその名を知られるようになるのは、院政期、上皇や女院による熊野御幸(くまのごこう)が行われるようになってから。上皇たちの熊野御幸は年中行事になり、熊野は浄土信仰の日本一の大霊験所になっていった。


 さて、武士が世の中の中心勢力になった頃から、熊野御幸は衰退したが、熊野信仰そのものは衰えなかった。武士も庶民も熊野詣をするようになり、「蟻の熊野詣」などと、蟻が行列をなして行き来する様にたとえられた。

 「熊野」という地名が何を意味していたのか、その語源には諸説があります。主なものは、
 ・「クマ」は古語で「カミ」を意味し、「神のいます所」だとの説。
 ・「クマ」は「こもる」の意で、「神が隠る所」の意だとする説。
 ・「クマ」は「こもる」の意で、「死者の霊魂が隠るところ」だとする説。
 ・「クマ」は「隅(くま=すみ)」で、都からは辺境の地だとする説。

 どの説も山々が連なり、鬱蒼とした森がつづく、陽のあたらない地というイメージだが、それは大和の都から見た話であって、実際は、熊野の地には南からの風が入り、南国の陽の光がさんさんと輝く、海の幸と山の幸に恵まれた大地があった。

 その熊野の大地はいま、うちつづいた国策の誤りによって崩れようとしている。

(写真は、熊野灘にそって約25kmつづく七里御浜)
by hara-yasuhisa | 2015-11-06 15:59


折ふしのうた


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