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 春一番が吹くころ

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 すぐそこに春が来ているのか、それともまだ少し先なのか、そんなこの季節に多喜二の命日がめぐってくる。その日も、きっと冷たい風が吹いていたんだろう。この季節には、決まって多喜二などあの時代を生きた人々に思いが向かう。

 多喜二の盟友だった宮本顕治元議長の若い日の著作・「『敗北』の文学」は、芥川龍之介その人、また作品の階級性を論じた秀作だ。僕は20歳になるかならないかのある日、初めてこれを読んだが、そのときの驚愕と感動はいまも忘れられない。

 その宮本顕治元議長は後年、「運命のめぐりごとによって、私自身はまだ満25歳ぐらいではからずも歴史の重責を負わされ、悪戦苦闘したというのがいつわらざる心境であった。しかし、それでも日本共産党員の道を選んだ大義を、どんな迫害の中でも貫こうという原点を獄中でも保ちつづけることができた。「『敗北』の文学」の結びの言葉―「『敗北』の文学を―その階級的土壌をわれわれは踏み越えて往かねばならない」ということばを自分は実践することができたと、獄中のある日、心の中でつぶやいたことを今も記憶している」と書いている。

 多喜二もきっとこの立場で文学に向かっていたんだろうと、僕は思う。1933年2月20日、多喜二は東京・築地署で逮捕され、その日のうちに殺された。29歳だった。特高警察の死に至るまでの拷問を受けながら、なぜ多喜二は多くの文学者のように転向声明を出さなかったのだろうかと、僕は若いころ考えた。

 芥川を崇拝し、その作品に感嘆し、それからトルストイやショーロホフに感動し、これから本格的に文学と格闘したかったはずなのに。逮捕され、命そのものを消されてしまおうとしているときに、多喜二は魂を売らず、その死とひきかえにいったい何を守ろうとしたのか。

 多喜二の小説に、「3・15大弾圧」での警察の拷問を生々しく暴いた「1928年3月15日」がある。国家権力の醜い本質を描き出したがゆえに、多喜二は特別に憎悪され、また恐れられた。その多喜二だけではなく、治安維持法による虐殺は65人に上る。虐待やそれがもとでの病気などの獄死が1600人を超えている。

 宮本顕治元議長葬儀(07年8月6日)での中央委員会弔辞(不破哲三さん)のなかに次のようなくだりがある。
 「宮本さんが、逮捕後、裁判での公式の陳述はするが、密室での予審にはいっさい応じないという原則をつらぬき、予審を完全黙秘で通したことは、戦後入党したばかりの若い私たちのあいだでもよく知られた語り草となっていました。その獄中で腸結核にかかり生命も危ぶまれたとき、やってきた検事が『沈黙したまま死んだら真実が残らなくなる、調書さえ取れば病院で死なせてやる』と説得したが、それも拒否したという話も聞きました。後年、私がその時の心境を尋ねたとき、返ってきた言葉は『後世を信じたよ』と、実に感動的な一言だったことを強く覚えています」

 後世を信じた― このひとことにすべての想いが込められている。若かった多喜二は、小樽へ文芸講演にきた芥川龍之介のあとを追いかけた。「芸術は民衆の中に必ず種子を残す」という芥川の思想に動かされた多喜二は、やがて科学的社会主義と出逢い、良心の声に動かされ「非合法」の党に加わり、真理の探究者としての道にふみ出した。

 「1928年3月15日』のなかに、空になった小樽の留置場の壁に『3月15日を忘れるな!』『日本共産党万歳!』という文字があちこちに刻まれているとのくだりがある。多喜二は歴史を傍観しなかった。拷問の死の恐怖のなかにあっても、多喜二は自分の文学の自由を守ろうとした。仲間を信じ、未来を信じ、多喜二は未来を生きていた。

 春一番が数日前に吹き荒れた。あの死から80年余が過ぎるが、多喜二はいまも生きていると、ほんとうにそう思う。










 
by hara-yasuhisa | 2016-02-24 09:44


折ふしのうた


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