太宰治について問われて

久しい以前から、小林秀雄、加藤周一、そして宮本顕治の3人の文学観につて書いてみようと思いつつ、それをまだ果たせていない。
先日、とある若い人から太宰治の「人間失格」について問われた。「あんなに繊細な小説を上手に書く人がなぜ死を選んだのか」と。自ら死を選んだ作家は太宰だけではない。そのうち、川端康成と三島由紀夫の文学についての小論を数年前に書いたことがある。
加藤周一はかつて、「私は生前の川端康成に何度か会ったことがある。静かで、少しも傲らず、他人への配慮に繊細なその人柄から、私は常にこの上もなくよい印象をうけた。また私は昔からの読者の一人として、その著作に現代の日本文学を読むことの大きなよろこびを見出してきたのである。その川端康成の死後今日まで、私には容易に消えない感慨がある。さらば川端康成。これは私の知っている川端さんへの『さらば』であるばかりでなく、私の内なる『川端的』なものへの『さらば』でもある。前者は死別の事実に係る。後者は―『訣別の願望』である。おそらくは容易に実現されないであろうところの、しかし断乎としてその実現に向うべきところの」と書いている。このくだりはなかなか味わい深く読んだものだ。
これは明らかに川端康成への追悼だ。最後の『訣別の願望』は、宮本顕治が芥川龍之介を論じた「『敗北の文学』を―そしてその階級的土壌を我々は踏み越えて往かなければならない」というくだりと重なってくる。加藤周一が『敗北の文学』を意識して書いたのどうかは分からないが・・・。
もうひとり、太宰治について宮本顕治は人気のある作家だからといって太宰治の自殺を批判的に扱わないことは危険だとして、次のように書いている。
「これは典型的な自己破産の文学であり生涯である。大地主の子弟としての環境で育った田舎風の貴族主義と皮相浅薄な左翼くずれ的な時代潮流、実生活無能力と放蕩的無頼さと病弱-この地盤に咲いた文学的才能が彼の文学の総和である」と。こう言い切れるところが宮本顕治の評論の素晴らしさであり魅力である。
加藤周一は「太宰治は戦後のひとつの心理状態を描いて多くの読者をつかんだ。太宰の描いたものが現代のある心理的な相をもし捉えたものだとすれば、それが否定的な現実であってもある種の評価は成り立つだろう」と、太宰は否定的な現実ではあるがそれ自体は真実を描いているのだと評価した。
宮本顕治は「太宰の作品は真実だ、しかしだらしがない、というのでは批評の統一性がないと思う。だらしがないというのは、生き方のなかでも、彼の描写のなかでも、真実に対決する勇気が足りなかったという点がある」と、現実との対決を避け、真実をとらえていないと太宰を批判した。
そして、「自分および社会の本質をつかむということが真実なんだから、そういう立場から見て彼の作品は致命的な弱点を持っている」と述べている。
(写真は本宮町)
by hara-yasuhisa
| 2016-11-19 14:03
折ふしのうた
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