ドン川の岸辺

『静かなドン』の主人公グリゴーリー・メレホフ。中農コサックの出身で、強い意志を持つ男だがきわめて直情的な人間。彼は、両親、兄夫婦、妹と平和な暮らしを営んでいたが、やがてメレホフ一家は第一次大戦、ロシア革命の渦に巻き込まれてゆく。
青年グリゴーリーは正義感からまず赤軍へと身を投じる。だが、コサックの独立を脅かすボリシェビキに不満をもち、こんどは白軍の反革命軍に加わる。コサックの人びとも革命軍と反革命軍に分裂し、独立を守るという点では同じだが、仲間同士で殺戮をくりかえす。彼の妻や子、両親、兄夫婦、友人たちも否応なく戦争と革命に巻き込まれてゆく・・・
「四月に入るとガラス張りのように、澄みきった、天気のよい日々がつづいた。はてしなく高い群青の空の海を、雁の群や、銅をたたくように鳴く鶴の群が、雪を追い越しながら、先へ先へと渡りつづけ北の方へ去って行った。池のほとりでは曠野のうす緑の覆いのうえに、真珠をまきちらしたように、放し飼いの白鳥がきらきらと光っていた。春の水にひたされたドンの河っぷちでは、鳥の鳴き叫ぶ声が、一つのうめき声となって聞えていた。水に呑みこまれた草原のあちこちではまだ浸されぬ大地の背や岬になっているところで、飛び立つ身がまえをしながら鵞鳥が鳴きかわし、柳の茂みでは、恋のエクスタシーに捕えられた雄鴨が休む間もなくのどを鳴らしていた。柳の枝には若芽が緑の色をつけ、ポプラはいい匂いのねっとりとしたつぼみをふくらませていた。曠野は言いようもない魅惑にみたされていた」(ショーロホフ・『静かなドン』)
ぼくに文学の魅力を教えてくれたのはミッチェルやロマン・ロラン。その面白さを教えてくれたのはスタンダールやバルザック。感動を教えてくれたのはパステルナーク。そして、文学とはそもそも何かを教えてくれたのがショーロホフのこの『静かなドン』だ。
これを初めて読んで、ああ、このドン川の岸辺に立ってみたいとずっと思っている。しかし、この切なる願いもいまだ果たせていない。数多くのグリゴーリーたちが生き、闘った地に一度は立ってみたい。
『静かなドン』を読み強い衝撃と刺激をうけた。その後、これを読んでぼくと同じ思いを抱いていた先輩がいたことを知った。それが小林多喜二だった。彼の日記を読んでいて、この作品への思いを語っている部分を発見し、思わずぼくは膝を打ったものだった。この小説には、矛盾に満ちた人間、堕ちてゆき、昇ってゆき、それでも理想を求めてたたかう、生身の人間が描かれている。
『静かなドン』を読み終えたぼくは、幾日もボーっとしていた。こうでなくっちゃいけない、こう書かないとだめなんだと、これこそが文学だと、そんなことばかり考えていた。
そのショーロホフの命日が近づいている。
折ふしのうた
by hara-yasuhisa
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