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小説・太平洋食堂

とにかくこんな素敵な小説、近頃読んだことがない。

『太平洋食堂』が見せてくれる世界は、大逆事件で殺害された「ドクトル大石」こと大石誠之助の物語だが、幸徳秋水や堺利彦らとの出逢いと友情、当時はまだごく少数だった女性ジャーナリスト管野須賀子の壮絶なたたかいなど、息もつかせず読むものを引っ張る。

「早よしてよドクトル、腹減ったわ」と、近所の貧しい子どもたちが『太平洋食堂』に駆け込んでくる。留学したワシントン、オレゴン、カナダ、シンガポール、インドで覚えてきた料理を子どもたちにせっせと作るドクトル。さらに、当時はまだ珍しかったベースボール(大石は道具一式をアメリカから取り寄せた)を子どもたちに教える。

与謝野鉄幹が『明星』派の弟子、北原白秋、吉井勇らを伴って新宮市にやって来た。ドクトルは一行を歓迎する。鉄幹は、文壇の大御所たちの停滞した精神のあり様を痛烈に批判して登場した寵児。その影響をうけた正岡子規は『歌よみに与ふる書』を書いた。また、鉄幹の妻となった与謝野晶子は『君死にたまふことなかれ』を発表。

人を殺せとをしへしや

人を殺して死ねよとて

二十四までをそだてしや


『太平洋食堂』の作者、柳広司は新宮から熊野川をひとまたぎした南牟婁郡の出身。新宮の街はいわば自身のお膝元だ。それにしても大石誠之助が生きた時代は100年以上も前。これだけの大作を書き上げるのは並大抵ではなかっただろう。「作家活動のすべてをこめた」と言うが、感動の大作だ。

「暗殺は暗い。人の心が離れてゆく。その結果、弱いものたちがさらに追い詰められてゆくことになる」が持論だったドクトル。だが、大石誠之助をはじめ12人の「社会主義者」たちが殺害された罪は、「天皇、皇太后、皇后、皇太子、又は皇太孫に対し危害を加え又は加えんとしたる者は死刑に処す」という刑法第73条違反だった。

髭づらのドクトルはいつも「うまいもん作ったろか」と貧しい子どもたちに声をかけた。各国から医学誌を取りよせ読破していた水準の高い医師だったドクトルは、カネのない貧乏人からはいっさい医療費をとらず、富裕層からはがっぽりといただく・・・。

『太平洋食堂』をぜひ読んでほしい。


# by hara-yasuhisa | 2023-08-22 10:56

ヴェトナムとウクライナと

 『戦争の悲しみ』の著者、バオ・ニンをハノイの自宅に訪ねたのは4年前の初夏でした。この物語のキエン、その恋人のフォンを、彼はどう描こうとしていたのか。ぼくはそこを聞いてみいとずっと思っていたからです。

 バオ・ニンは、「人間も、その歴史も、一つのイデオロギーで裁断できるような単純なものではなく、美醜とりまぜた存在であり、楽観と悲観とは背中合わせで、戦争の勝者もまた悲しみを運命づけられた存在」と言う。

 戦争は殺戮と破壊であり、私たちヴェトナムは好んで戦争をしたのではなく、ヴェトナムはそれを強いられたんだと強調しました。 「なぜ、命がけで戦ったのか」― 戦後の世界に、平和に生きることができる世界に希望を見たからだ、と。

 けれども、外敵に屈しなかった気高い人びとに、戦後、安らぎは戻ったのか。絶望と狂気と別離が人びとを見舞った。「私はそのことをあるがままに書きました」と言いました。そのあるがままだが、主人公のキエンとフォンの物語はあまりにも悲しい。

その一年後、ぼくはウクライナのキーウを訪ねました。折しも、新たにゼレンスキー大統領が誕生したときでした。どうしても足を運びたかった東部の街や村は、旅ができる状況にはありませんでした。首都キーウにもただならない空気が漂っていました。

プーチン政権は、侵略を開始したその時点で、敗北する運命を背負いました。僕の知るウクライナの人々は独立と自由は死んでも渡さないと言います。けれども、ここでもまた、かつてのヴェトナムがそうであったように、戦争が終わったとしても元通りの平和は戻りません。

ハノイでも、キーウでも、「日本は戦争を捨てた国だ」と多くの人びとから握手を求められました。その場面を思い浮かべる度に、いま日本が何をしなければならないのかを考えます。そして、物語を作る者としてどんな文学を想像しなければならないのかを考えます。


# by hara-yasuhisa | 2023-08-13 10:24

川端康成の志

小説を書いていてふと考え込むときがあります。そんなときに相談する先輩として、ぼくの場合、外国ではスタンダールとロラン、日本では川端康成と大江健三郎です。

きょうも川端康成の本をめくってみました。実は、若い頃はこの作家についてよい印象をもっていませんでした。それはひとことで言うと、彼の作品に虚無の世界を見たからでした。ところが、数年前にまとまって川端の文芸批評を読む機会があり、それまで知らなかった彼の側面を知り大いに驚かされました。

川端康成という人はなかなか複雑な人です。いろんな考えを持っていると同時に、他者の作品を批評するときの姿勢が実に誠実だし謙虚だし清々しいのです。それは彼の数々の小説にはない、ぼくにとって大いに魅力的な面です。

例えば、「彼(小林多喜二のこと)の急死にたいする××をここに書きつらねたところで、私の言葉は遂に彼の死のまことの意味をとらへはしないであろう。わが身の日頃を省みれば、小林氏の死に際して、突然大きな声を出すのもむしろ恥ずかしいことであらう。―中略―小林氏の×××××を羨む思ひが、小林氏を弔ふ私の心から離れない」(1933年3月)

川端の胸には明らかに多喜二への尊敬が膨らんでいる。川端は、多喜二の死を知ってから、多喜二のすべての作品を読んだという。そうして、読んだ後は「気持ちが明るくなった」と言っているが、そこにぼくは川端の誠実を見る思いがします。

また、「近頃は純文学の危機が叫ばれているが、一方にジャーナリズムを、また大衆文学の繁昌を置いての議論であるとき、私はあまり興味がない。大衆文学のために滅ぼされるやうな純文学ならば、その寿命を一日二日延ばさうとする側に加はるよりも、むしろ私はその死を早める方に力を添へたいくらいの気持ちである」

こういう志の高さがぼくを刺激し、励ましてくれ、好きなんです。


# by hara-yasuhisa | 2023-08-05 14:37

北山の月あかり


北山の月あかり

 最近知り合った北山村のAさんに、むかし北山館に泊まったときに見た夜中の月あかりの話をした。するとAさんは、「いまでもですよ。ここで月夜を過ごした人はみなさんそう言われます」という。

 奥熊野の山里で見る月あかりは他所では絶対に見られない、めちゃくちゃな明るさだと、この話なのだ。白浜だって都会ではないのだが、北山の月あかりとは天と地ほどの差がある。Aさんは続けて、「ウナギのかば焼きを食べませんでしたか」ときた。

 「はい、夜はウナギが出ました」。北山館のウナギは伝統の味なんだAさんはいう。目の前を北山川が流れている。七色ダムのせいで水の透明度は低いがウナギは獲れるらしい。

 むかしいっしょに泊まった野沢のちゃんはとっくに旅立ってしまったが、北山に上るときにはいつも、野沢のちゃんと二人でポスター張りをしたことを思い出す。





# by hara-yasuhisa | 2023-07-08 15:03

友人の訃報


 友人の訃報が届いた。

 「死は前よりしも来たらずかねて後に迫れり・・・」(徒然草)の言葉を思い出す。
 患っていることすら知らなかった。ほんとうに死は唐突にやってくるものだと、兼好法師の言葉が浮かんだのだ。

 歳はぼくより3つほど下だと思うけど、長年の無理がたたって病魔に襲われたのだろう。初めて出逢ったのは、共通の友人に紹介されたとき。はじけるように明るい笑顔が印象的な人で、お互いにまだ40歳代の半ばだったと思う。

 その人を中心にしたグループがあり、ぼくはしばしば遠距離を走って山間の町を訪ね、色んなテーマでみなさんと語り合ったものだ。歳とともに大事な友人がいなくなってゆく。

 最後にラインで話したのはいつだろうか。開くと、「痩せたままの姿では見苦しいので、体力が元に戻ってから会いましょう」と、今年の1月某日の日付があった。元気だったころの姿が浮かんでくる。また雨が降り出し、薄紫の紫陽花が雨に濡れている。

 

# by hara-yasuhisa | 2023-07-05 13:08


折ふしのうた


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